スキルマトリックスを導入することにより、企業における組織の強化が期待できます。
新型コロナウイルスの影響で、置かれている環境に変化が生じる企業もあり、より一層強い組織を作りたいと考える企業は、増えていることでしょう。
本記事では、スキルマトリックスについて説明し、導入におけるメリットも解説します。
スキルマトリックスとは何か?
スキルマトリックスとは、取締役会(およびその候補者)が持つスキルを、目に見える形で表現したものです。
スキルは、企業の中長期的な発展に必要とする能力や経験を指し、経営戦略に照らし合わせて作成することから、各企業によって内容は異なります。
また、下記のように、主に星取表で表現することが特徴です。
経営 | 財務・会計 | 国際経験 | 研究開発 | 法務 | |
---|---|---|---|---|---|
取締役A | ● | ● | ● | ● | |
取締役B | ● | ● | ● | ||
取締役C | ● | ● | ● | ||
取締役D | ● | ● | ● |
スキルマトリックスは、経営に必要な要素の保持状況について、視覚的に表現できるツールなので、株主にも経営力を示すことが可能です。
スキルマトリックス導入の背景
スキルマトリックスの発祥地は米国であり、2010年に一部の企業で導入されたことが始まりです。
日本では2016年に日本取引所グループで導入され、3年後には「東証一部上場企業」における時価総額の上位500社のうち、20社が導入に至っています。
また、年を追うごとに導入する企業数が増えており、必要性を感じる企業が多いことが分かるでしょう。
このように「スキルマトリックス導入」が増加する背景には、企業を統治するためのガイドラインである「コーポレートガバナンスコード」の2018年と2021年における2度の改訂が、大きな影響を与えています。
まず2018年の改訂では、取締役会における機能の向上について明記されました。
さらに2021年の改訂では、取締役会のさらなる機能の向上に加え、ダイバーシティとサステナビリティへの取組みの重要性も提唱されました。
これらの取り組みを遂行できるスキルを持った取締役会メンバーがいるかどうか、各企業は今後より注視されることになるでしょう。
また、2021年の改訂では、国内の上場企業はスキルマトリックスを開示するべきという内容が盛り込まれています。
現段階での上場企業はもちろんですが、今後において「上場を希望する企業」が、スキルマトリックスへの対応を考えていることも、導入が増加する背景につながっています。
上記を踏まえ、改訂ポイントの重要点をまとめました。順を追って解説します。
① 取締役会における機能の発揮
② ダイバーシティへの対応
③ サステナビリティに対する取り組み
①取締役会における機能の発揮
2021年の改訂では、プライム市場上場会社は独立社外取締役を少なくとも3分の1、その他の市場の上場会社においては2名以上選任すべきであると記載されています。
ここでは社外取締役ではなく、独立社外取締役という点がポイントです。
単なる社外取締役であれば、主要な取引先の業務執行者や、当該企業から報酬を得ている専門家なども含まれてしまいます。その一方で、独立社外取締役は一定の選出基準が設けられており、上記のような「当該会社と従来から関係性を持つ」社外取締役は除外されます。
このように、コーポレートガバナンスコードの改訂において、独立社外取締役の選任が明記された背景には、次の目的が考えられます。
公平かつ適切に取締役会を働かせる
内部昇格の取締役や、当該企業への関係性が濃い外部取締役ばかりを選任すると、目先の利益に走った経営を行う可能性が高まります。
その一方で、独立社外取締役を選任すると、完全なる外部からの担当者として、公平な目線で取締役会を機能させ、適切に働かせることができます。
形だけの偏った機関になることを防ぐ
経営経験のない取締役が選任され、形だけの「取締役会」が存在するケースが見受けられることについて、投資家や海外機関から問題視されることがありました。さらに1人の取締役が、監査役と執行役を兼任することもあり、問題が露見しにくい点も指摘されていました。
また、独立社外取締役は、監査への専念が可能なため、社内における特定の取締役のみが監査役と執行役を兼任する事態を防げることから、抱えている問題も露見しやすいと言えます。
社内のしがらみに縛られない
内部昇格だけで構成される取締役会は、男性だけであったり、同族のみで成り立つケースも多く、閉ざされたネットワークになる傾向があります。
独立社外取締役を選任すると、そういった社内のしがらみに縛られず、幅広い中長期的な視点からアプローチすることが可能です。
②ダイバーシティへの対応
ダイバーシティとは多様性を意味しますが、企業に関して言うと、国籍や性別などを問わず、多様な人材が集まっている状態を指します。
昨今では働き方改革に伴い、雇用形態の多様化がクローズアップされ、女性や外国人の積極的な活用が提言されるようになりました。
このような背景から、ダイバーシティの必要性が叫ばれるようになりましたが、コーポレートガバナンスコードの改定において、ダイバーシティへの配慮をさらに強化すべきだと提唱されました。
つまり、企業に在籍する多様な人材を「いかに有効に活用できるか?」という点が、重視されると言えます。
③サステナビリティに対する取り組み
昨今では、ESG(環境「Environment」・社会「Social」・ガバナンス「Governance」の略)が企業を存続させる「重要な要素」だと認識されており、企業の維持および発展において、無視することができない課題となっています。
2021年のコーポレートガバナンスコードの改定では、ESGを筆頭にした「環境・社会・経済」の持続を可能にするという考えである【サステナビリティ】に対して、積極的に対応を進めるべきだと明記されました。
つまり、企業は「環境・社会・経済」の3つの視点を踏まえたうえで、中長期的な持続および発展が見込める組織を作る必要があります。
スキルマトリックスの必要性・メリットについて
ここではスキルマトリックスの必要性・メリットについて、解説します。
企業体制を強化できる
スキルマトリックスの導入により、各々のスキルおよび取締役会全体のスキルが明確になることから、企業体制の強化が期待できます。
理由は次の2点です。
①企業の現状を客観的に捉えられる
マトリクス図でスキルが開示されるので、充足されている箇所と不足している箇所が、一目瞭然になり、企業の現状を客観的に捉えることができます。
また、取締役会メンバーが共通認識を持つためのツールとして使用することが可能なため、向かうべき方向の調整もスムースになることが期待できるでしょう。
②さらに強固な組織にするために、補うべき箇所が分かる
スキルマトリックスに記載されたスキルは、企業の中長期的な発展に必要とされる能力や経験を表すので、チェックが少ない(または入っていない)項目は、企業が組織を強くするために不足している箇所だと言えます。
取締役会全体を通して、満遍なくスキルを持ち合わせていれば良いですが、特定のスキルが不足(または持ち合わせていない)していると分かれば、早急に手を打つ必要があります。
方法としては「人材採用」や「育成強化」などがあり、これらを通じながら改善点が見えてくることでしょう。
このように、スキルマトリックスを通して、強固な組織にするべく「補う箇所」が分かることが、メリットの1つだと言えます。
株主への信頼につながる
スキルマトリックスは、投資家である株主に対して、視覚的に状況を示すことが可能です。
取締役会メンバーが保有する「現状のスキル」を反映できますし、会社の強みをアピールすることが可能なので、経営体制を明確に顕示できます。
スキルマトリックスを資料として使うことにより、会社としても株主に対して説明がしやすく、株主にとっても「今後における投資の判断基準」となるので、信頼につながりやすいと言えます。
例えば下記の企業は、株主総会の招集通知に、スキルマトリックスを掲載しています。
■キリンホールディングス
■ヤマハ発動機
■資生堂
■クボタ
■電通グループ
スキルマトリックス作成時の注意点
スキルマトリックスを作成する際に、注意するべき点が3つあります。
① 「社内用」と「外部公表用」の2種類を用意する
② 昇格予定の取締役も留意する
③ 保有すべきスキルについて、理由を把握する
以下に、詳細を解説します。
①「社内用」と「外部公表用」の2種類を用意する
スキルマトリックスは1種類にとどまらず、社内用と外部公表用の2種類を用意すると良いでしょう。なぜなら、社内担当者と外部関係者の視点によって、重視したい内容が異なるからです。
これを踏まえたうえで、「社内用」と「外部公表用」のスキルマトリックスに対して、それぞれの作成ポイントをご参照ください。
【「社内用」のスキルマトリックス】
企業における「組織力強化」のツールとして重きを置くので、各自が持つスキルの有無のみにとどまらず、それぞれのスキルにおける「保有レベル」も表現すると良いでしょう。
例えば判定基準に対して、対象スキルの保有レベルが90%以上の人を「◎」とし、70%~89%の人を「〇」と記載するなどのルールを設けます。
こう表現することにより、70%~89%に該当する「〇」の人は、さらにスキルを磨くと「◎」の人と同等のレベルになることが分かります。
またスキルを保有すると言っても、レベルが「〇」の人ばかりでは、パワーが不足する可能性があるので、該当者の「レベルの底上げ」を考えるきっかけにもなるでしょう。
【「外部公表用」のスキルマトリックス】
株主の多くは「A副社長」や「B取締役」のレベルの差を知りたいのではなく、企業の現状と将来の可能性に重きを置き、今後の投資の参考にしたいと考えるはずです。
このことから「外部公表用」のスキルマトリックスは、企業の全体的な保有スキルを表現し、一目で現状が把握でき、さらに将来を予想できる内容にすると良いでしょう。
例えば、ブランド戦略に関するスキルを、C取締役とD執行役員が保有していれば、それぞれの項目に「●」を入力します。
これによって、企業のスキルにおいて、現状のバランスの度合いが明瞭になります。
さらに「将来の取締役候補メンバー」に関しても、スキルマトリックスに表記することにより、投資家は未来を予測しやすいと言えます。
② 昇格予定の取締役も留意する
スキルマトリックスを作成する際には、現段階の取締役会だけではなく、今後昇格する社員である、いわゆる内部昇格の取締役についても留意すると良いでしょう。
それによって「現段階」と「将来」の2パターンのスキルマトリックスの用意が可能となり、下記のようなメリットが期待できます。
- 現取締役会メンバーが退任し、後任が就任した際の全体像を、あらかじめイメージできる
- 将来の取締役会を想定するので、既存の取締役および未来の取締役候補が、今から準備すべきスキルが分かる
- 外部取締役を招くか否かについて、判断が可能である
将来を想定したスキルマトリックスは、余裕があれば2パターンにとどまらず、複数を作成すると良いでしょう。
当然ですが、公表をするのは現段階のスキルマトリックスのみであり、将来を見据えたスキルマトリックスは、今後の戦略用として内部で保管します。
③保有すべきスキルについて、理由を把握する
取締役会が保有すると望ましいスキルについて、その理由を把握し、説明ができる状態にすると良いでしょう。
現状において、実際に説明まで行う企業は少ないものの、説明を十分に行える企業は、より一層強い組織を作ることが可能だと言えます。
その理由は下記の通りです。
- 「サステナビリティ」や「ダイバーシティ」に関する要素も含めて説明することにより、コーポレートガバナンスコードの改訂内容の取り入れを証明できるので、説得力が増す
- 企業で必須とされるスキル(経営や法律など)の他に、特徴的なスキルを説明することにより、他の企業との差別化を主張できる
- 株主に対する「有効な説明材料」となり、より一層の支えが期待できる
スキルマトリックスの活用方法
スキルマトリックスを作成することにより、現状の「企業全体における保有スキル」の把握が可能になるため、下記の活用方法が期待できます。
どういった人材を補填すべきかが、明確になる
強い組織を作るためには、現状において不足するスキルをカバーする必要があります。
そのためには、下記のいずれかの方法を取り、人材を補填することが望ましいです。
■新たな人材の採用
■社内からの内部昇格
■社外からの招請
いずれにしても、どういったスキルを持つ人物を補填すべきか?という話ですが、スキルマトリックスを作成することにより「選出方法」および「求める人材」が明瞭になります。
育成環境の「見直し」や「構築のきっかけ」になる
企業における「現状の不足スキル」が判明した後は、上記の項目で解説したように、人材を補填する必要があります。
どの方法を選ぶにしても、人材を育成する姿勢は持ち続けなければなりません。
なぜかと言うと、求めるスキルをどれほど持つかを判断し、その結果を踏まえたうえで、経営戦略に合わせた「適切な教育」を行うべきだからです。
ゆえに、育成環境の見直しが必要となるケースがあり、然るべき環境が整っていない場合には、新たに育成環境を構築する必要があります。
スキルマトリックスを作成することにより、これらを考えるきっかけとなり、育成の方向性を見いだすことが可能です。
まとめ
強い組織を作るためには、スキルマトリックスの活用が効果的だと分かりました。
スキルマトリックスは、国内の上場企業において開示が必要ですが、それ以前に「強い組織を作るためのヒント」が隠れています。
このことから、強い組織を作るためには「質の良いスキルマトリックスを作成できるか否か」が、鍵を握ると言っても過言ではないでしょう。
自社の組織強化を考える担当者は、スキルマトリックスを作成し、実践的に取り入れてみてはいかがでしょうか。
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