欧米で主流である「ジョブ型雇用」を導入する企業が増えており、新卒採用においても注目を集めています。
時代の変革期とも言われる今だからこそ、新卒採用の段階から「ジョブ型雇用」を採択し、流れに乗りたいと考える企業も多いでしょう。
本記事では、そのような企業の悩みに答えるべく、新卒採用でジョブ型雇用を成功させる「ポイント」および「注意点」を解説します。
目次
「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」の違い
「ジョブ型雇用」について考える際に、従来より日本で採択されている「メンバーシップ型雇用」についても知ると良いでしょう。
メンバーシップ型雇用とは、新卒採用で言えば、一括採用をしたのちに配属先を決定する雇用方法を指します。
一方でジョブ型雇用では、あらかじめ「ジョブディスクリプション」と呼ばれる職務記述書を作成し、記述された職務および役割に添って、マッチする人材を採用します。
以下に「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」のメリット・デメリットを解説します。
メンバーシップ型雇用のメリット
メンバーシップ型雇用のメリットは、以下の通りです。
会社都合による配置転換が可能
メンバーシップ型雇用は、業務領域(部署・勤務地・業務内容など)を明確にした契約ではなく、採用後に詳細が決定します。
つまり、会社都合による異動命令、配置転換が可能です。
事業拡大や欠員補充のために、他部署への異動や職務変更の打診ができるので、社内の変遷に応じた人員配置が実現できます。
ジョブ型雇用の場合には、ジョブディスクリプションにて「部署・勤務地・業務内容など」をあらかじめ定めており、それに従い業務を遂行します。
ジョブディスクリプションに、異動に関する記載がなければ、従業員は異動命令を断ることができます。
柔軟な業務指示や残業要請をしやすい
前述の通りメンバーシップ型雇用では、業務領域が明確に定められていないため、従業員の能力や会社の状況に照らしつつ、業務範囲を広げながら指示を出すことができます。
繁忙期や突発的なトラブルの発生時などに、通常業務とは異なる業務指示や残業要請をしやすく、柔軟性を持って業務にあたることができると言えます。
片やジョブ型雇用では、ジョブディスクリプションに記載がない業務内容について、従業員は断ることが可能です。
解雇リスクが少なく、従業員の安心につながることから、定着率が高まる
欧米で導入されている「ジョブ型雇用」においては、部署の閉鎖などがあれば、所属する従業員を解雇することが一般的です。
日本で採択がすすむ「ジョブ型雇用」においては、上記ケースの場合でも、労働契約法16条の「解雇権濫用法理」により、直ちに解雇には至らないことがほとんどです。
そうは言っても、ジョブ型雇用に合わせた「企業内の解雇ルールの見直し」を試みる企業も増えると予想されるので、解雇におけるハードルが下がる可能性も否定できません。
また今後の時代背景によっては、法律改正の影響などで欧米並みに解雇が容易になるケースも、無いとは断言できないでしょう。
一方でメンバーシップ型雇用の場合には、解雇権濫用法理の存在により「(※)この解雇は客観的にみて合理的であり、社会通念上相当だ」とみなされない限り、容易に解雇することはできません。
つまり、メンバーシップ型雇用は解雇リスクが少なく、従業員の安心につながることから、定着率が高まるメリットがあります。
(※)「この解雇は客観的に見て合理的であり、社会通念上相当だ」とみなされ、解雇が決定した例として「東京電力事件(参照:厚生労働省ホームページ)」を紹介します。
~東京電力事件の概要~
Y社で勤務をし、慢性腎不全による身体障害がある嘱託社員Xが、平成5年の生体腎移植手術後も、体調不良で入退院を繰り返す。
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平成8年の退院後もほぼ出社せず、同年の5月以降は月に数日の出社で、8月からは全く出社しなくなる。
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Y社は同年の10月20日までは賃金を支給し、嘱託社員Xに対して「今後勤務しない分については、賃金を支給しない」と伝える。
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嘱託社員Xがその後もほぼ出社しなかったことから、Y社は同年の12月に「この状況が続くと、翌年4月以降の契約が困難になる」旨の書類を送付する。
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その後、就業規則に定める「心身虚弱のため業務に耐えられない場合」に該当するとし、契約の満期にて予告解雇を行う。
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嘱託社員Xはこれを不服とし裁判を起こすが、東京地裁はY社の判断を妥当とし、嘱託社員Xは敗訴した。
メンバーシップ型雇用のデメリット
メンバーシップ型雇用のデメリットは、以下の通りです。
貢献度が低い社員にも、高い給与を支払うことがある
メンバーシップ型雇用は、終身雇用制度とも言える雇用形態であり、解雇にまで発展するような問題を起こさない限りは、基本的には定年まで在籍することが可能です。
また年齢や勤務年数に応じで給与が上がる「年功序列制」を基盤とすることが多く、企業への貢献度が低い社員であっても、年齢や勤務年数を重ねていれば、高い給与を支払うことがあります。
高い能力を持つ社員から、不満が出る
前述の通り、メンバーシップ型雇用では年功序列制がベースであることが多く、たとえ能力の低い社員であっても、年齢や勤続年数が増えれば高い給与が支給されます。
年齢や勤続年数が低い場合には、いくら能力を発揮しても給与に反映されにくく、従業員のモチベーションを下げてしまう要因にもなるでしょう。
このことから、高い能力を持つ社員から不満が出やすいのが、メンバーシップ型雇用のデメリットだと言えます。
年功序列制だと人件費が右肩上がりになる
年功序列制は成果主義と対義の関係にあり、給与額が年齢や勤続年数と比例することから、延べ勤務年数が長い社員が増えるほど、人件費が右肩上がりになります。
つまり企業が払う人件費が毎年増えるため、業績も上げ続ける必要があり、全社員の「上がり続ける給与」への対応も必須です。
ジョブ型雇用のメリット
ジョブ型雇用のメリットは、以下の通りです。
マッチする人材を効率的に採用できる
ジョブ型雇用における採用では、ジョブディスクリプションに「業務内容」や「作業範囲」などを明確に示すことから、双方の認識相違が減少します。
ゆえにマッチング率も高まることから、企業が求める人材を効率的に採用できます。
社員の役割が明瞭になる
ジョブディスクリプションに、明確な職務および役割が記載されることから、社員の役割が明瞭になります。
このことから、与えられた業務への使命感や責務が増し、満足度やパフォーマンスの向上が期待できます。
能力に合わせた給与設定が可能になる
ジョブ型雇用を導入すると、年齢・勤続年数は問わず、あくまで本人の能力(職能レベルや保持資格・スキルなど)で、給与金額が判断されます。
つまり、能力に合わせた給与設定が可能になるので、社員のモチベーションアップが見込めます。
ジョブ型雇用のデメリット
ジョブ型雇用のデメリットは、以下の通りです。
採用における難易度が高まる
人材に求める能力やスキルが限定されるため、条件に合致する人物が見当たらない可能性があります。
メンバーシップ型雇用であれば「採用してから育てていき、然るべき場所に配置する」という考えが通じますが、ジョブ型雇用においては通用しません。
さらに新卒採用においては、能力やスキルが発達段階であることも多く、新卒独自の判断基準も用意する必要があります。
以上のことから、採用における難易度が高まると言えます。
人材の流動性が高まる
ジョブ型雇用は職務や役割が明確なため、専門的に業務を遂行できる反面、以下のようなことが考えられます。
■実力をつけた社員がヘッドハンティングされる
■同じ職種で、さらに条件が良い企業への転職を考える
せっかくジョブディスクリプションを整備し、採用に時間をかけても、このような事態になれば振り出しに戻る可能性があります。
このことから、人材の流動性を押さえる対策が、必須だと言えます。
配置転換の打診がリスキーである
従来のメンバーシップ型雇用では、部署異動や転勤などの「配置転換」の打診がしやすく、社員も基本的には拒否しないことが、一般的な流れでした。
ジョブ型雇用においても配置転換の打診は可能ですが、転換先への対応が難しい(または対応を希望しない)場合には、退職されるリスクがあります。
ジョブ型雇用の注目度が高まる理由
ジョブ型雇用の注目度が高まる理由について、過去から現在に至る流れを踏まえながら、以下に解説します。
①【1955年~1973年】高度経済成長期に終身雇用制度が確立
戦後において、日本は「ジョブ型雇用」が一般的でしたが、労働者がより良い条件での転職を目指すことから、人材の流出に悩む組織が続出しました。
その後1955年から高度経済成長期に突入し、経済が飛躍的に拡張しますが、人材の引き留めを願う企業が、勤続年数に応じた「福利厚生」や「給与」の制度を取り入れます。
これが、今日まで続くメンバーシップ型雇用に関連する「終身雇用制度」の始まりだと言えます。
②【1990年代】少子高齢化での労働人口減少の懸念や、グローバル化が叫ばれる
1990年代に入り、女性の社会進出や晩婚化なども影響し、少子高齢化が進む背景から、労働人口の減少が懸念されます。
さらに政治や経済などが、国の枠組みをこえて、世界的に拡大するグローバリゼーションの影響により、世界規模で物事を捉える「グローバル化」が叫ばれるようになりました。
このような変革の波に触れ、メンバーシップ型雇用のみでは「対応不可」だと考える企業が増えます。
③【2013年】産業競争力会議雇用・人材分科会で、多様かつ柔軟性が提唱される
日本の産業における競争力の強化や、国際的な課題を扱う「産業競争力会議雇用・人材分科会」において、多様かつ柔軟性が可能な社会作りが提唱されます。
これを発端に、ジョブ型雇用への注目度が高まり、推進への動きに拍車がかかります。
④【2018年~2019年】働き方改革により、多様な働き方が期待される
2018年6月に法案が成立し、2019年4月から施工が開始された「働き方改革」ですが、労働基準法や雇用対策法などに関連することから、多様な働き方に焦点が当てられます。
このことから、雇用形態の変化に対応すべきと考える企業が増えます。
⑤【2020年】経団連の指針に、ジョブ型雇用の比率を高める旨が記される
一般財団法人日本経済団体連合会(通称:経団連)では、2020年度に公表した指針の中に、ジョブ型雇用の比率を高める旨が記されました。
この発表を発端に、大企業を主軸としながら、ジョブ型雇用への検討および導入が加速します。
⑥【2020年~】新型コロナウイルスの流行が、従来の働き方を見直すきっかけとなる
世界中を震撼させた「新型コロナウイルスの影響」により、リモートワークの導入や環境等の整備に迫られ、初の試みに挑む企業も多く存在しました。
この影響で、否応なしに「従来の働き方」を考える機会が増し、企業が体制を見直すきっかけとなったことから、ジョブ型雇用への注目度が高まっています。
新卒採用で「ジョブ型雇用」を成功させるポイントとは?
ここでは「新卒採用」に焦点を当て、ジョブ型雇用を成功させるポイントを紹介します。
中途採用からジョブ型雇用をスタートする
新卒採用でのジョブ型雇用を成功させたければ、まずは中途採用で基盤を作ったうえで、新卒採用への導入をすすめると良いでしょう。
最初に新卒採用からジョブ型雇用をスタートすると、対象者は「社会人未経験者」ですし、雇用主や既存社員も「ジョブ型雇用初心者」という構図になり、双方が混乱をきたす可能性があります。
またジョブ型雇用は、特定の職務や役割を与える関係上、スキルを持った者を採用するという点から見ても、中途採用との相性が良いと言えます。
このことから、中途採用からジョブ型雇用をスタートし、段階を踏みながら新卒採用での導入を試みると良いでしょう。
専門分野に強く、マネジメント能力も高いリーダーを育成する
メンバーシップ型雇用において、配属先の部署を総括するリーダーの存在は欠かせませんが、ジョブ型雇用においても然りです。
特に新卒採用者は、社会人としての経験がないことから、マネジメント能力の高いリーダーの存在が不可欠です。
さらにジョブ型雇用では、募集するポジションの専門分野に強い「スペシャリスト」の採用が前提なので【専門分野に強く、マネジメント能力も高いリーダー】が必要です。
当該リーダーが居ない場合には、育成を検討すると良いでしょう。
帰属意識が希薄になりがちな「新卒ジョブ型採用者」のチーム意識を高める
新卒社員は在籍期間が浅いため、会社への帰属意識が希薄になりがちです。
これは「メンバーシップ型雇用」も「ジョブ型雇用」も同様ですが、ジョブ型雇用は業務範囲が明確で、配置転換もほぼないことから、主に決められた範囲で行動します。
ゆえにメンバーシップ型雇用よりも、帰属意識は希薄になりがちであり、離職へ直結しやすいと言えます。
こうした事態を防ぐために、チーム意識を高めるべく「イベント開催(ワークショップや社内レクリエーションなど)」や「情報共有ツールの見直し」などを、念頭に置いても良いでしょう。
新卒採用で「ジョブ型雇用」導入時の注意点
新卒採用で「ジョブ型雇用」を導入する際の注意点は、以下の通りです。
賃金体系を整備する
これは新卒採用に限った話ではありませんが、ジョブ型雇用を導入する際には、賃金体系の整備が必要です。
賃金体系の種類には「勤続給」や「能力給」や「職務給」などが存在しますが、完全に職務内容や能力に準じた欧米形式にするか、勤続年数も加味し複合的な方法とするかなど、企業の意向に沿った賃金体系を用意します。
さらに中途採用と新卒採用に対して、別の賃金体系を導入するか否かについても、検討すると良いでしょう。
賃金体系の整備を筆頭に、評価制度や等級制度等、各種制度の整備や、ジョブディスクリプションの作成・管理方法、人員調整などについても整備していきましょう。
学生目線での「ジョブディスクリプション」を作成する
ジョブ型雇用を導入するうえで、ジョブディスクリプションの作成は必須ですが、特に新卒採用に関しては、学生目線での作成に留意すると良いでしょう。
社会人目線で作成すると、学生にとっては職務や役割のイメージがつきにくい内容になることが考えられ、応募自体を見送る可能性が高まります。
入社後の明確なビジョンを提示する
入社後の明確なビジョンを提示する必要性は、2点あります。
1点目は社会人未経験者に対し、入社後のイメージを膨らませてもらうことで、双方の業務における認識相違が小さくなり、マッチングの精度が上がるからです。
2点目は、明確なビジョンを提示することにより、メンバーシップ型雇用ではなく「ジョブ型雇用」であることを強調するためです。
ジョブ型雇用を導入する企業が増えていますが、大幅な普及には時間がかかることが予想されており、現時点では「メンバーシップ型雇用」の企業を思い浮かべる学生が多いでしょう。
明確なビジョンを示し、メンバーシップ型雇用との違いを見せることにより、契約内容の認識相違も防ぐことが期待できます。
まとめ
新卒採用で「ジョブ型雇用」を成功させるためには、中途採用での導入も視野に入れつつ、準備をすることが大切だと分かりました。
新型コロナウイルスの出現で、世界は大きく変わり、日本の企業においても変革を余儀なくされています。
このような時代だからこそ、新卒採用でのジョブ型雇用を積極的に取り入れ、新たな風を取り入れてみてはいかがでしょうか。